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困っている人が好きらしい

どのあたりから親を必要としなくなるんだろうか。

と、成長を見守りながら、想いを馳せ考える運動会。

 

なんで子供を無償に愛するかというと、

 

「一人で生きていけないから」これに尽きると思う。

 

最近気づいたのだが、私の場合、本業が人財支援っていうのもあるからこそ、

やっぱり「困ってる人が圧倒的に好き」らしい。

 

職業柄、たくさん「困っている人」にお逢いするわけなんだが、

実は、全部自分で答えを持っていたり、変革する気のない、「困ってる風」な人もたくさんいて、

「もう青山さんがいないと、生きていけないっす」っていう方には、もうとにかくやっぱり燃えてしまう性分があるらしい。

 

私の人財業としての、「自己承認欲求」のレベルなんだと思う。自分にもそういうのあるんだな、と「!」を得たのも事実。

 

必要とされている感覚、そのレベルが深ければ深いほど、役に立ちたいと思う。

「本当はできるし、そんなこと言われなくてもわかってるし、言われたことだけやって」という時が、一番スン゚"(-""-)"ってなる瞬間。

 

じゃあ、他でいいじゃないの。うちのご支援の差別化は違うところなんだけど、わかっていただけてないのかしら?という気持ち。

 

子供がちょっと成長して離れていくときの感覚にすごく似ているものがある。

子育てと人財/組織育成はとても似ている。人が、組織が巣立つ瞬間が手に取るようにわかる瞬間がある。

 

「ああ、私がいなくてももう大丈夫だな」と、寂しいような、しかし、本当に嬉しい成果の瞬間。

 

受け入れ、育ったころに送り出し、それをずっとずっと続けていくんだけど、そこに永遠に巣立たないことって、

あっていいんだろうか、とか色々考えてた。

 

いつも大事なものがそこにあることが、風景にならず、感謝ができ、幸せだと思う、そんな価値観って

「気づきなよ」と誰かが教えてあげねば、なかなか持ち続けることもできない。ものかと思う。

 

相手のことを考えれば考えるほど、早く巣立たせなければならない。

でも自分の目の届くところに置いておきたいこのジレンマで、毎日を生きてる感じ。

 

大事な人ほど、やっぱり手放したくなくなるなぁ。

ちょっと人間らしい自分も発見ですきなわけで。